明治12年1月25日に開かれた「慶應義塾新年発会」の記事のなかで、福澤先生は次のように述べています。

「慶應義塾の今日に至りし由縁は、時運の然らしむるものとは雖ども、之を要するに社中の協力と云はざるを得ず。其協力とは何ぞや。相助(あいたすく)ることなり。創立以来の沿革を見るに、社中恰(あたか)も骨肉の兄弟の如くにして、互に義塾の名を保護し、或は労力を以て助るあり、或は金を以て助るあり、或は時間を以て助け、或は注意を以て助け、命令する者なくして全体の挙動を一にし、奨励する者なくして衆員の喜憂を共にし、一種特別の気風あればこそ今日までを維持したることなれ」(『福澤文集二編』)

ここでいう社中とは、慶應義塾を構成している教職員、学生、卒業生、在学生保護者など、義塾関係者すべてを包含した結社と考えられています。
福澤先生が述べているように、慶應義塾が日本を代表する学問・教育の府となり得たのは、義塾を構成する人々がそれぞれの立場で義塾を支える「社中協力」の精神があればこそでした。

「金を以て助るあり」とされている、慶應義塾のこれまでの主な募金活動をご紹介します。